日本を代表するダンス&ボーカルグループ・三代目 J SOUL BROTHERSのフロントマンとして、圧倒的な歌唱力と色気でファンを魅了し続ける今市隆二さん。ソロアーティストとしても確固たる地位を築いた現在、SNSやファンの間では「デビュー前や若い頃のビジュアルがかっこよすぎる」「下積み時代のギャップがたまらない」と再び熱い注目を集めています。
洗練された現在の姿からは想像もつかないほど泥臭く、そして情熱に満ちていた彼の原点。圧接工として現場で汗を流していた職人時代や、運命を切り拓いたオーディションでの激闘、当時の貴重なエピソードまで、知られざる軌跡を余すところなく紐解いていきます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:学生時代の卒アル写真や地元でのやんちゃなエピソードから、当時すでに際立っていたカリスマ性を検証
- 要点2:デビュー前は約5年間にわたり「圧接工」の職人として勤務し、過酷な現場作業と過密なボイトレを両立していた
- 要点3:2010年の『VBA2』で3万人の中から合格を勝ち取り、登坂広臣さんと共に三代目JSBのボーカルとして華々しくデビューを飾った
【卒アル&昔の画像】学生時代のやんちゃな素顔とイケメン伝説
今市隆二さんの原点を語るうえで外せないのが、地元・神奈川県川崎市で過ごした学生時代です。ネット上やファンの間で度々話題にのぼる卒アル写真を見ると、切れ長のクールな目元と整った顔立ちは当時から完成されており、すでに圧倒的な存在感を放っていました。
中学・高校時代は少しやんちゃな一面もあり、地元でも一目置かれる存在だったといいます。当時のヘアスタイルは時代を象徴するような短髪やウルフカットで、まさに「絵に描いたようなやんちゃ系イケメン」。文化祭や地元のイベントでもそのルックスは際立っており、他校の生徒からも知られるほどの人気ぶりでした。
しかし、単に華やかな学生生活を送っていただけではありません。当時からEXILEやブラックミュージックに強い憧れを抱き、「いつか絶対に歌手になる」という強い情熱を胸の奥に秘めていました。周囲が遊んでいる時間にもカラオケにこもり、独学で歌唱力を磨き続けるなど、夢に対するストイックな姿勢はこの頃から培われていたのです。
【職人時代の真実】圧接工として汗を流した下積み時代の過酷なリアル
高校中退後、彼が飛び込んだのは建設現場の世界でした。今市さんはデビュー前の約5年間、ビルや橋梁の基礎となる鉄筋をつなぐ圧接工(あっせつこう)として本格的に勤務していました。
バーナーの超高温の炎で鉄筋を加熱・圧着する作業は、夏場には現場の体感温度が50度近くに達することもある過酷を極める肉体労働です。今市さんは弱音を吐くことなく現場に向き合い、10代後半にして現場を仕切る「職長」を任されるほど、職人としても極めて優秀でした。当時の同僚や関係者からも「仕事に対して誰よりも真面目で妥協がなかった」と高い評価を得ています。
驚くべきは、そのハードな現場仕事を終えた後の行動です。重労働で全身疲労困憊のなか、作業着から着替えて毎晩のように都内のボーカルスクールへ通い、深夜までボイストレーニングに励んでいました。休日はすべて歌の練習とオーディション対策に費やす生活を何年も継続。「職人としての責任」と「歌手への夢」を決して両立を諦めない強靭なメンタリティが、今の彼の骨太な人間性を形作っています。
運命を変えた『VBA2』オーディション!登坂広臣との出会いと合格秘話
幾度もの挫折や落選を経験しながらも諦めなかった今市さんに、最大の転機が訪れます。それが2010年に開催された「EXILE Presents VOCAL BATTLE AUDITION 2 〜夢を持った若者達へ〜」(通称:VBA2)でした。
全国から集まった参加者は実に約3万人。その中で今市さんは、確かな歌唱力と現場で鍛え上げられたハングリー精神、そして哀愁を帯びたハスキーボイスを武器に、瞬く間に審査員の目を引きつけました。合宿審査では、限界まで追い込まれながらも仲間を鼓舞し、ひたむきに課題と向き合う姿が全国放送され、視聴者の心を強く揺さぶりました。
そして最終審査の舞台・赤坂BLITZで、同じく合格を勝ち取ったのが登坂広臣さんでした。職人出身で泥臭く実力を磨いてきた今市さんと、アパレルや美容の世界から彗星のごとく現れた登坂さん。対照的なバックボーンを持つ二人が出会った瞬間、三代目 J SOUL BROTHERSの歴史が幕を開けました。デビュー決定の瞬間に流した男泣きは、今なおファンの間で語り継がれる名シーンです。
【ビジュアルの変遷】昔の髪型から現在への劇的進化を徹底比較
デビュー当時から現在に至るまで、今市隆二さんのビジュアルは常にファンの注目の的であり、トレンドを牽引してきました。そのスタイルの変遷を振り返ると、時代ごとの魅力が見事に浮かび上がります。
デビュー初期(2010年〜2013年頃)は、短髪のアップバングにワイルドなヒゲスタイルがトレードマーク。男らしさとフレッシュさが全面に出ており、現場職人時代の名残を感じさせる無骨な男の色気が漂っていました。
大ブレイクを果たした『R.Y.U.S.E.I.』の時期(2014年〜2016年頃)には、洗練された金髪ショートやタイトなサイド刈り上げスタイルへとシフト。サングラスを合わせた都会的なロックスタイルが定着し、男性ファンからのファッションアイコンとしても絶大な支持を集めました。
そして近年では、長めのウェーブヘアやナチュラルな黒髪スタイル、ヴィンテージ感漂うクラシカルなファッションなど、大人の深みと品格を兼ね備えたビジュアルへと進化。昔のギラギラとした野性味あるカッコよさから、年齢を重ねることでしか出せない艶やかな色気へと、見事な変化を遂げています。
三代目 J SOUL BROTHERSを牽引するボーカリストへの成長と下積みの強み
2010年11月10日、『Best Friend's Girl』でメジャーデビューを果たして以降、数々のドームツアーを成功させ、日本レコード大賞を連覇するなどトップアーティストへ駆け上がった三代目 J SOUL BROTHERS。その快進撃の中心には、いつも今市さんの魂の歌声がありました。
彼の歌声の最大の魅力は、聴く人の心にダイレクトに届く圧倒的な「情感」と「説得力」です。それは単なる天性の才能だけではなく、5年間の過酷な職人時代や、オーディションに落ち続けた苦渋の時期を経験したからこそ生まれる深みです。
「夢は必ず叶う」という言葉を自らの生き様で証明してみせた今市隆二さん。どんなに華やかなステージに立っても決して驕ることなく、スタッフやファンへの感謝を忘れない謙虚な姿勢は、下積み時代の苦労を骨の髄まで知っているからこそ。その真摯な生き方こそが、長年にわたりファンを惹きつけて離さない最大の理由です。
【今市隆二の若い頃】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:今市隆二さんが働いていた圧接工とは具体的にどんな仕事ですか?
A1:鉄筋コンクリート建築において、鉄筋同士をバーナーの高熱で加熱し、圧力をかけて一体化させる専門技術職です。重労働かつ高度な技術が求められる現場で、今市さんは若いながらもチームを率いる職長として活躍していました。
Q2:VBA2オーディションを受ける前に他のオーディションも受けていたのですか?
A2:はい、過去に開催された『EXILE VOCAL BATTLE AUDITION 2006 〜ASIAN DREAM〜』(VBA1)をはじめ、複数のオーディションに挑戦しては落選を経験しています。幾度もの挫折を乗り越えて掴んだのがVBA2での合格でした。
Q3:昔のやんちゃエピソードは本人が公言しているものですか?
A3:テレビ番組やラジオ、雑誌のインタビューなどで本人がオープンに語っています。学生時代の失敗や職人時代の苦労話を隠すことなく率直に話す飾らない人柄も、ファンから愛される大きな要因となっています。
まとめ:泥臭い下積みが育んだ唯一無二の歌声とカリスマ性
今市隆二さんの若い頃を振り返ると、そこにあったのは単なる「イケメンの過去」ではなく、過酷な現実の中で愚直に夢を追い続けた一人の青年のリアルな奮闘記でした。
現場で流した汗と、夜遅くまで響かせた歌声の積み重ねが、現在の唯一無二のボーカリスト・今市隆二を作り上げました。過去の泥臭い努力を誇りに変え、さらなる進化を続ける彼の歌声とステージから、今後も目が離せません。 (出典: 今 市 隆二 若い 頃(Yahoo!ニュース))